仕事の帰り道、夜風に吹かれながら歩道を歩いていた。
田んぼの脇を通り過ぎると、ゲコゲコというカエルの大合唱が耳に飛び込む。いつもより疲れていたせいか、普段は気にも留めないこの音がその日は妙に心に響いた。
カエルたちの合唱は、まるで夜の静けさに浮かび上がるシンフォニーのようだった。昔住んでいた田舎を思い出し「何だか懐かしいな」と感じながら、カエルの鳴き声に合わせて私も「ゲコゲコ」と声を出してみた。
今思えば異常だった。
街灯の光だけがぼんやりと地面を照らす、誰もいない夜道。カエルたちと私だけの夜。
そんな情景を背景に、最初は控えめにしていたが、いよいよ声を大にして「ゲコゲコ!」と叫んでみた。
カエルたちの声と私の声が混ざり合い、まるで小さなコンサートをしている気分だった。
次第に、カエルのリズムがわかってきた私は、カエルたちの息継ぎの合間にうまく自分のゲコゲコを差し込むようになった。
カエルが息継ぎをするその瞬間に「ゲコ!」と絶妙なタイミングで鳴くと、まるで私がカエルオーケストラの指揮者にでもなった気分だった。
「案外カエルとセッションする才能があるのかも?」なんて思いながら、カエルと私のナイトセッションを満喫した。
しかし、気配を感じた私がふと振り向くと、一人の女性がこちらを見ているのに気づいた。
恥ずかしさが込み上げた私だったが、彼女だって嫌な汗を掻いていたに違いない。
この場合、彼女は被害者であり私は加害者なのだ。
私は「ゲコゲコ」の声を徐々にフェードアウトさせ、足早にその場を立ち去った。
暗闇の中でもはっきり見えた、彼女の申し訳なさそうな顔は、たぶん一生忘れない。
これも独身生活の一部と自分に言い聞かせ、今日もまた仕事に励む。